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田舎暮らしのきっかけ その2 山岳民族から教わったこと

平地に暮らすタイ人と山に暮らす山岳民族とは言葉も文化も食べるものも違います。

また山岳民族の中にも違いがあります。分かりやすい違いは民族衣装や言葉でしょうか。

更に同じ民族でも場所により都市化の進んだところ、昔ながらの生活をしているところもあり、生活の様式は様々で一括りにできるものではありませんが、彼らの生活に触れることで感じたことを綴っていこうと思います。

まず一番に感じたことは「食べることの大切さ」。

山での暮らしには食べることに直結した行動が多くなり、多くの人が農業を生業としています。生業というより生活の一部と言った方がいいかも知れません。

毎朝田んぼや畑を見に行き畦が崩れていないか見回り、その日の食料を採って帰ります。

田んぼでカエルなんか見つけたら必死に追いかけて捕まえます。カエルはほとんど鶏肉と同じ味で美味しいのです。

料理に使う火は薪を使います。毎回薪で料理するのは大変だと思われるかもしれません。

ガスコンロならレバーを回せば一発のところ、薪を得るために木を切るところから始めなければなりません。

切った木を斧で割り、乾燥させてやっと薪として使えるようになります。

確かに大変なのですが材料は豊富にありガス代もかかりません、そして山の人は火を本当に上手に使います。

煮炊きは勿論、直火で餅を焼いたり、唐辛子をあぶって香りをたたせて料理に使ったりします。

焚火の上に肉や魚を吊るして燻製を作ったりと煙も調理に使えるのです。

雨期にはタケノコがわんさか生えてくるので急な斜面を登ってナタを振るって収穫します。

大きな鍋であく抜きして皮を剥くとたくさんあったタケノコは実は食べられる部分はほんの少しで5分の1くらいまで減ってしまいます。

ちなみにタケノコの中には時々竹虫という白くて細長い幼虫がいて、これを素揚げにして塩でも振って食べるとビールのつまみに合いそうな感じでおいしいですね。

野菜がメインの食生活ですが、飼っている豚をつぶして肉を得る時は、村人たちが協力して豚を解体します。

暴れる豚を抑え込み喉元を切り血を抜き、ワラにつけた火で毛を焼き切り綺麗に洗います。

仰向けにして腹を切り内臓を傷つけないように取りだします。腸に溜まったものをよく洗い、部位ごとに分けて精肉します。

血の飛びちる生々しい光景ですがこれは日常です。子供も大きなナタを持って手伝っています。

野菜、肉と来れば次は魚ですが、海が無いので大きな魚を食べる機会は少ないですが、川魚を捕まえに行くことはあります。

暑い日に水浴びがてら網を持っていきます。投げ網はコツが難しくて僕が投げてもうまく広がりません。

しかし小学生くらいの子供が上手に投げるのです。この子供の方が自分より生きる力は強いんじゃないかと思いました。

山の生活では一日の時間の中で食べるための行動が多くを占めます。

食べ物を育て、捕り、料理すること。それに伴う道具や材料を作ること、これが人間の基本なんじゃないかと思います。

この生活は大きな手間がかかりますが、お金はかかりません。

都会に住んでいると生活費は大きな負担になります。食べ物を作ることはできないので買うことになります。

仕事を失いお金が無くなれば食べ物を買うことが出来なくて飢えることになります。

そして、都会ではそこに住む人達が食べれるだけの食べ物の生産ができません。

更に災害時にライフラインが止まれば食料だけでなく水もストップします。

これは大きなリスクです。

山に食べ物が豊富にある証拠に山の人は食べ残しを捨てます。

最初見たときは衝撃を受けました。米の一粒も残さず食べて、捨てるなんてとんでもないと思っていました。日本人であれば誰もが持つ気持ちだと思います。

しかしそれは、食べ物に感謝していないというわけではなくて、食べ物が豊富にあるゆえなのでしょう。

食べきれない食料は腐るだけ、腐った食料は土に帰ります。自然のサイクルからは外れていません。

食べ物を作るためにお金もかけず化石エネルギーも使わないのであれば食べ残しを捨てることは悪いことではないように思えます。

食べることを生活の主軸に置くこと。これが人として生き物としての基本ではないでしょうか。

そして、次に山岳民族に学んだことは「人とのつながり」

山で生きるためには人が一人で生きていくことはできません。

畑仕事、薪割、子守り、料理、魚採り、山菜・キノコ・タケノコ採り、家畜の飼育、山の整備、家の修理、村の施設・道路や水道、電気などの維持管理、上げたらきりがありませんが生活のための仕事が多いのです。

都市での生活なら全てお金を支払うことで購入や委託が出来ますが山ではそれを全て自分たちで行います。

若くて力のあるものが重労働をして、器用な人が生活の道具を作り、漁のうまい人が魚取りをして、料理の上手な人が料理を作り、家にいることの多いお年寄りは子守りをする。

こうしてそれぞれの得意とするところを生かせば厳しい環境でも生きることができるのです。

この助け合いは誰のために働き、誰が自分のために働いてくれているのか、そして相手の顔が見えるということで、人の役にたったという実感も得られ幸せを感じやすいのではないかと思います。

都市での生活の場合、生産者と消費者が直接やり取りするという機会は少ないです。野菜を売るのも生産者から卸売り、小売り、配送など多くの手をへて消費者の元にたどり着きます。

生産者から消費者へ直接のやり取りをする。たったこれだけで喜びを感じるなんて、この気づきは今までの概念を覆すものでした。

タイではお年寄りは敬われます。タイの山でももちろんそうで、お年寄りがいるから家の雑務(薪割などそこそこの重労働もこなしたり)や子守りを任せて若い人は安心して家を任せられます。生活の知恵も豊富にあり学びも与えてくれます。

決して年金をもらい、守られる対象ではないのです。

お金を払い日々の雑務は購入や委託にして子供は保育所に預ける。お年寄りはすることが無くて家でテレビを見てばかり、すると体も脳も衰えます。そうなればお金を払って老後福祉施設に預ける。この生活スタイルには疑問を感じます。

そして身体障害や精神障害を持った人たちをよく見かけるのですが、この人達も守られる対象ではありません。

障害があろうとやれることはあります。店番をしたり、軽作業をしたり、集中を必要とする作業では障害がある人の方が驚異的な集中力を発揮したりします。

障害を持った人をよく見かけると書きましたが、日本では「恥ずかしい」と思い障害者を隠すところがいまだにあります。タイでは隠すという意識がないためよく見かける、ただそれだけなのかもしれません。

そして、都市にあるような娯楽のない山では友人とのおしゃべりが一番の娯楽です。

友達の家を訪れお茶でも飲みながら、昼間からお酒を飲んでいる人もいますが、そうしてするおしゃべりは情報交換を兼ねた最高の娯楽です。

たくさん話すことでお互いを理解し助け合える仲になる。人の子供の面倒も見るし、物の融通をしあえ、お互いの顔を見知っているので防犯性も高い。

「人とのつながり」は山ではお金より重要なものです。

山岳民族に教わったことはまだまだあるのですが、今回は特に大切だと感じたこの2つ「食べることの大切さ」と「人とのつながり」をご紹介しました。

本当はこんなことは当たり前のことで日本にいるころから分かっていたことなのかも知れません。

しかし、いつでも食べ物が手に入り、人と関わらなくても生きていけるという環境で過ごしていればそれを意識することはありません。

便利な世の中にたくさん恩恵を受けているのでこれを否定はできませんが、便利になることで失い、不便さの中にある幸せなことについて考えるきっかけをくれたのはタイの山岳民族だったのです。

その3へ続く

その1はこちら 田舎暮らしのきっかけ その1 タイの田舎から始まった - アサメシヤ