アサメシヤ

庭師の目線で見る世界

人生とは何ぞや ~人生とは求め続けることだ

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人生とは何か?そんな問いがありますが、それにしっかりと答えられる人は少ないと思います。


というか、あまりにも漠然としていて答えなんて分かりません。


でも今回は本気で人生とは何か考えてみたいと思います。

人生とは求め続けること

僕が10分ほど考えて出した人生を一言で表す言葉とは「人生とは求め続けること」です。


10分で考えたといっても内容に関しては前から考えていたことなので今思いついたわけではありません。


人間の原動力

人が何か行動するためにはどんなきっかけが必要なのでしょうか?


それは「欲」です。これだけ時代が進歩しても人の欲はなくなりません。むしろ大きくなっているかもしれません。


欲には生理的欲求と心理的欲求があります。


3代欲求といわれる食欲、睡眠欲、性欲は生理的欲求です。どんなに進化しても動物として無くすことはできません。


心理的欲求はアメリカの心理学者マズローの五段階欲求を例に紹介しましょう。


私たちは生理的欲求が満たされると次に安全欲求、社会的欲求、承認欲求、自己実現欲求の順番に心理的欲求を求めていくといわれています。

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それぞれの欲求を簡単に説明します。


●安全欲求

安全な生活を営むための欲求。最低限の生活をするための収入、医療サービス、保険。


●社会的欲求

社会とつながっているという安心感を得たい欲求。グループやコミュニティに属すことやSNSをするのは社会とのつながりを持ちたいという欲求がある。


●承認欲求

他者から認められたい、尊敬されたいという欲求。高価なブランド品に身を包んで一目置かれたい、営業成績上位になり優れた人間だと思われたいなど。


●自己実現欲求

ありのままの自分を受け入れて、自分の強みや好きなことを活かしたことをして社会に貢献する。


さとり世代に見る現代の欲望

マズローの五段階欲求では生理的欲求から順番に求めていくものだということですが、現代では安全欲求まではほとんどの人が満たされています。


あまりに当たり前になったために欲求としての感覚が薄れ、生理的欲求や安全欲求、社会的欲求を確立しないまま承認欲求や自己実現欲求を求めることがあります。


昔は安全な生活ができることや社会とのつながりによって満たされた時代もあったでしょう。しかし現代ではそれだけで満足することが出来る人は少ないでしょう。人から認められ、自分自身を認めることで欲求が満たされるのです。


社会が発展するにつれ欲求のレベルも上がります。現代は高いレベルの欲求を求めるようになってきています。


90年~2000年頃に生まれた世代をさとり世代と呼ぶことがあります。欲がなく悟りを得た仙人のようだとしてそう呼ばれます。


確かに物欲もなくお酒も飲まない、高い年収も望まないなど一昔前の世代からは欲のない奴だと思われるかも知れません。


しかし欲がなくなったわけではなく、欲の形が変わったということだと思います。


物やお金に困るという経験もなく、インターネットの発展によりSNSなどによって社会とのつながりも容易に得られる時代になりました。


一方でボランティア活動に対する意識は上昇しています。


つまり物やお金などは初めから満たされているためそれらを求めることに魅力を感じないのです。その代わりに自分自身を認めた生き方をすることに対して欲望を感じているのでしょう。


人生とは何か?

人の欲望はなくなりません。仏陀であってもキリストであっても社会とのつながりや人から認められたいという欲望からは解放されていたとしても、自分自身の強みを生かして人に貢献したいという欲求は他の人よりはるかに高いものだったと思います。


人生とは求め続けること、どんなに満たされても本当に全てを満足することはできないのです。欲望が満たされれば、形を変えた新たな欲望が生まれるだけです。


より良い暮らしをするために人生とは求め続けることなのです。